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院長日記H23

更新日:2022年10月2日

12月26日(月)「年末の混雑を迎えて」

年末となり、残りの診察日が少なくなると当然患者さんの数は増えます。 さらにこの時期は冬休みに入っているため、小学生や幼稚園児などは午前中に来院することが多くなります。 とすると、午前中の外来を昼までに終わらせる目途が立たなくなります。 そこで、本日は頃合いを見計らってアイチケットの欠番を設けて、その間に30分程度の昼休みを入れる態勢としました。 予想通り、今日は82番から94番あたりを欠番とし、13時半前から14時までを休みと致しました。 休んでいる間も番号を進めていますので、アイチケットの待ち時間には影響ありません。 いつもは午前と午後分けて番号を発行していますが、本日は通し番号となりました。 あと2日間、一生懸命やりたいと思います。



11月18日(金)「おじいちゃんと言われてびっくり」

赤ん坊の頃から通院しているお子さんが2歳になって喋るようになってきました。 先日お兄ちゃんが診察をしていて、その子はおかあさんに抱っこされていたのですが、突然「おじいちゃん」と言いました。 周りのみんながあっけにとられて、「どこに?」と聞くと、2歳児は私を指さして「これっ」と言うではありませんか。 みんなで苦笑いをしたのですが、言われて平常心でいられなかった私は「それじゃあ君のことは『赤ちゃん』って呼ぶぞ」と反撃したのでした。 先日、福生市内PTAのソフトボール大会があり、2年ぶりに参加してきました。 同じチームにいた小学生の父親の父親、つまり小学生の祖父が49歳だと聞いてびっくりしたのですが、自分も成人した息子がいますので孫がいてもおかしくないのかも知れません。 そんな歳になったのかと、現実を受け止めるしかありませんでしたが、確かに最近はいろいろな徴候が出てきています。 メタボ関連の心配はあまりしていませんが、整形外科関連のさまざまな症状、つまり体のガタが来ています。 いつかこの日記にも書きましたが、腰痛から始まり、歩いたりすると股関節がポキポキ鳴って痛くなったり、左足に電気が走るような神経痛が起こったり、外反母趾による関節痛が起きたりです。 そしてソフトボールの後遺症かも知れませんが、その2日後から急に左手がしびれるようになりました。 これもどうやら肩こりなどから来ている症状のようです。 そういえばまだメガネは必要ありませんが、近くがだいぶ見えにくくなってきました。 肩が凝る、関節が痛い、近くが見えない・・・などもう自分は中高年であると自覚せざるを得ない徴候が連鎖するように起きています。 そういう意味では、「おじいちゃん」と言われても仕方ないのかも知れませんね。 もしかすると、側頭部に目立ってきた白髪を指さして「おじいちゃん」といったのかな?とか思い返しています。 そんな情けない近況でした。



10月9日(日)「精勤継続中です」

9月の末から急に涼しくなり、それに伴って昨年よりも早めに風邪の患者さんが増えていました。 当院の職員も次々と体調を崩しているのを横目に、私はここしばらくやけに体調が良かったのです。 しかし、急に多忙となり、先週末にソフトボール・テニスと立て続けに運動したせいでしょうか、先週4日の午後から不調を覚えました。 案の定、5日未明には37℃台後半の発熱をしてしまいました。 立場上、「それでは休みます」とは言えません。 かわりにやってくれる人がいないからです。 普通の会社員なら休んでしまうのにな、と思いながら出勤時には解熱しているよう解熱剤を飲みました。 勿論これまでも風邪をひきましたし、高熱を出したこともありました。 そう、この冬にはロタウイルス腸炎を起こしてかなりやばい状況になったこともあります。 けれども診療に穴をあけたことはありませんでした。 福生病院にいた頃やはり高熱を出し、夜中の4時ぐらいでしょうか熱を下げるために解熱用の坐薬をぶち込んで朝起き上がると、血圧が下がってしまったのか気持ち悪くなって「助けてー」状態となりました。 それでも・・その日も休まずに外来をこなしたのです。 そんなわけで、医師になってから病院勤務を病欠した記憶はありません。 なんたって、中学高校時代は6か年精勤賞を取ったぐらいですから(中高一貫だったので)。 けれども、今回はさらに3日間38.5℃以上のいわゆる高熱が続きました。 さすがに夜中には不安になりました。 今回は熱以外の症状があまりなくて、原因がよくわからなかったからです。 不明熱の原因としては、感染症、膠原病、悪性腫瘍のいずれかであると医学生の頃習いましたが、変な病気ではないかと頭をよぎったりしたのです。 解熱剤のおかげで、今回も診療を休むことはありませんでした。 この連休に予定していた旅行は中止として今ここにいるわけですが、昨夜になってようやく平熱に落ちつきました。 今回も取り越し苦労で終わったようで、ほっとしています。 というわけで、もし臨時休診となるようなときは、かなり体調が悪いということになるでしょう。 これからがいよいよ多忙の時期の本番です。 忙しくても頑張ろう、と決意を新たにしました。



9月13日(火)「星空観賞」

群馬県の谷川岳ロープウエイで、星の鑑賞会という企画があることを知り、小学生の娘の夏休み自由研究にもいいので8月14日に行ってきました。その案内ポスターですが、現時点でなお進行中の企画です。

当日は夕立が来ていてロープウエイの駅に到着したときは雨が降っていました。 西の空は明るく、しばらくすると陽射しも出てきて少し虹が見えました。 これは、これから繰り広げられる星空ショーの予兆だろうと期待に胸を膨らませてロープウエイに乗り込みました。 しかし・・・現地に着くと、雲が覆っていて星は見えないとのことでした。そんなときのために、PCでスライドを使っての星座の説明会が用意されていました。 別室では、簡易型のプラネタリウムでの解説や展示もされていました。 下調べをして、夏の大三角形とその周辺の星座、南の空の南斗六星やさそり座などを見てみようと思っていました。星空の写真を撮ろうと、一眼レフのデジカメと三脚を持参していました。 それなのに、この日は一つの星も見えないままむなしく暗い夜のロープウエイを下ったのです。

その後も星空が出たら写真を撮ろうと思ってしましたが、ずっと、ずっと、星空の見えない夜が続いてしまいました。 仕方ないので、娘の自由研究はインターネットからの写真をダウンロードして、それに星座などを書きこんで完成させました。

これまで幾度となくプラネタリウムを見る機会がありましたが、時間が経つと忘れてしまい、星座は結局覚えられませんでした。 北斗七星、カシオペア座、オリオン座ぐらいしかわからないままだったのです。 けれど今回は娘と一緒に調べたり、天神平で話を聞いたりして夏の星座がわかるようになりました。

夜ごとに空を見つめ続け、ようやく星がはっきり見えたのは、つい先日、9月8日の夜でした。 下はその時の写真です。 これは福生の自宅のすぐそばで撮ったもので、周りには外灯があるのでそれほどいい条件ではありません。 それでもデジカメでbulb撮影といって10秒程度の露出時間をかけると、肉眼では見えない星まで映ってくれました。

下の写真はこれに夏の大三角形を結び、その周りの代表的な星座を入れたものです。

8月24日(水)「横田基地友好祭」

8月20日(土)、21日(日)の二日間、毎年恒例となっている横田基地の友好祭がありました。 例年約20万人の人出があるということで、この日ばかりは最寄りの牛浜駅はごった返し、近隣では駐車場を求めて右往左往する車が走ります。 いつも大変暑くて大変なのですが、この二日間は不順な天候で涼しかったですし、時間があったので久々に21日(日)に医院に車を止めて歩いて行ってみました。 ご覧のように、多くの方が来ていて、入場や退場の際にはしばらく待たされるほどでした。

入場の様子
















屋台のお店がたくさん















戦闘機離陸のデモです
















ステージでは日本の女の子たちが出演していました

















7月25日(月)「セミが鳴かない?」

暑い日が続いていましたが、先日の台風6号が北からの涼しい風を呼んで、猛暑は少し落ちついています。 今年はセミが鳴かない?という話題を耳にしました。 地震や放射線の影響とか、また何か起きるのではという不安を口にする人もいるようです。 確かにここ数年に比べるとセミの鳴き出すのが遅いような気がしますが、そんなことはないと思っています。 子どもの頃から昆虫が好きであった私は、例年セミがいつから鳴き出すとか、地域によってどんなセミが多いかなどを気にかけてきました。 一般の方々が、どの程度セミのことを意識しているかはわかりませんが、意外に多くの種類のセミがここ東京にも生息しています。 鳴き始める順番からすると、ニイニイゼミ、ヒグラシ、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシといったものが一般的でしょう。 これに加えて、最近は東京でもクマゼミの声を耳にする機会が増えています。 さらにここ西多摩地域や奥多摩ではハルゼミ、エゾハルゼミ、エゾゼミ、コエゾゼミなど低山から標高の高いところに生息するセミがいます。 実はもっといるのかも知れませんが、ざっと挙げただけで10種類になります。 東京地方で夏の暑さを助長する、やかましいセミはアブラゼミです。 自分が中学生だった頃、8月初めにテニスの合宿から戻ってきて初めてアブラゼミの鳴いているのを聞いた記憶があります。 それに比べると最近はこのアブラゼミが鳴き始める時期が早まっているように感じますが、要はセミが本格的に鳴くシーズンはこれからなのですね。 同じ東京都内でも、生息するセミの種類の多さには地域差がかなりあります。 私が幼少から小児期を過ごした吉祥寺、つまり武蔵野地域ではアブラゼミが一般的です。 ミンミンゼミはあまり多くなくて、子どもの頃このセミを捕まえたときの喜びは大きいものでした。 中学校から目白、つまり山の手のほうに通うようになると、あっちはミンミンゼミのほうが多いのですね。 例えば、四谷駅で電車のドアが開くと、上智大学の森から聞こえてくるのはミンミンゼミの声が主です。 妻の実家がある江戸川区、つまり下町になるとアブラゼミのほうが優勢になるようです。 下町に野山はありませんし林もあまりないので、こちらに比べるとセミは少なそうですが、これが意外に多いのですね。 クマゼミの声は当地福生ではたまにしか聞きませんが、こちらにいくと当たり前のように鳴くようになっています。 その妻の実家近くの公園には、アブラゼミが密集していて、木の幹や枝には大げさにいうとびっしりとセミの抜け殻がくっついています。 木のある場所が限られている分、そこに集中して生息しているのだと思いました。 公園に行って足下の土を見ると、セミの幼虫が出てきた多くの穴があいています。 そこである時、羽化のために出てくるセミの幼虫を捕まえてみようと夕方にその公園に行ってみると、すぐに10匹ぐらいの生きた幼虫が捕まりました。 それを室内の観葉植物につかまらせてみると、ほぼいっせいに羽化が始まって、殻を出てまだ軟らかい白いセミがたくさんぶらさがっているというすごい光景となりました。 こちら西多摩に来てからはハルゼミとの出会いがありました。 子どもの頃からハルゼミの声を聞いたことはありませんでしたが(聞いてもわからなかったのかも)、青梅の郊外に塩船観音というツツジの名所があります。 春のゴールデンウィークの頃に行ってみると、天気のいい日にはそこでハルゼミが鳴いているのを聞くことができます。 数は多くありませんが、一匹が鳴き出すと数匹のセミが一緒に鳴くという合唱が聞かれます。 ツツジに加えてその声を聞くことも楽しみに出かけていきます。 つい最近では、先月でしたか、群馬北西部の猿ヶ京で多くのハルゼミが鳴いているのを耳にしました。 さすがに数的には群馬のほうがはるかに多く、この歳になって自分にとっての「ハルゼミ新記録」となりました。 と、セミの話になるときりがなくなってしまいますので、この辺で。



6月24日(金)「アンパンマンくらぶ」

待合室のモニターでは、通常テレビ映像を放映しています。 放映内容に関しては、当初アニメやスポーツ番組などをお見せしたいと思っており、甲子園の高校野球やオリンピックの期間中はその映像を流していました。 以前はプロ野球や大相撲の放送を流すように指示したことがありますが、診療中に待合室の様子をみることはできません。 当院の患者層として多いのは、小さな子どもとその母親たちであり、どうもスポーツ番組のうけは決して良くなかったようです。 最近は職員任せにしていましたが、金曜日16:30から定時のアンパンマンは彼女らが自主的に流していました。 当院はケーブルテレビ回線をひいており、BS放送やケーブルテレビ番組を試聴することができます。 実はビデオ映像や、画面はありませんがFM放送も流すことができます。 せっかくこれらの放送が供覧できるのに、通常の民放放送だけ流しているのはもったいないと思っていました。 そこで、BS日テレで平日18時からやっている「それいけ!アンパンマンくらぶ」という番組を流してみてはどうかということで、現在放送のある日は流すようにしています。 定時のアンパンマンは30分番組ですが、このアンパンマンくらぶは1時間とたっぷりで、再放送分のアニメが4本も流れます。 今日は16:30からの本放送と、18:00からのアンパンマンくらぶがあります。 (その後アンパンマンくらぶは朝8:00からの放送に変わってしまいました。後日談) 職員に聞くと、子どもたちの反応はいいようで、「みんなみています」とのことでした。 いつもより待合室も静かになっているようです。 何か他に放映すると楽しめるものはないかと、模索しているところです。

5月25日(水)「20年ひと昔」

当院では、上咽頭炎患者に対して塩化亜鉛を上咽頭局所に塗布する上咽頭処置を行っています。 単純な処置ではありますが、この処置を行っている施設はあまり知られていません。 この度、堀田修著「よくわかる最新療法 病気が治る鼻うがい健康法 身体の不調は慢性上咽頭炎がつくる」:2011年3月16日発売、角川書店に、上咽頭処置を受けることができる施設の一つとして当院が掲載されました。 これまでもインターネットの情報等で、遠くから来院される患者さんがいらっしゃいましたが、この本の出版後そのような患者さんが若干増えています。 先日、栃木県大田原市在住の方が来院されました。 大田原といえば、大学病院の専修医時代に1年間出張のため在住したことがあります。 その患者さんに大田原に住んでいたことを伝えると大変驚かれていました。 考えてみれば、大田原で生まれた長男はもうすぐ20歳になります。 大田原の日々は今でも鮮明に覚えていますし、マンションから見えた那須連山やポッポ通り、乃木神社(といっても地元の方しかわかりませんが)などが頭に浮かびます。 当時通っていた英会話教室の仲間とは、大田原を離れてから一度もお会いしていないのに、いまだに何と4名も年賀状をやりとりしています。 10年どころか、20年ひと昔だと思いました。 大田原のことを考えるほど、懐かしい日々を思い出して感動してきます。 当時もそれなりに大変だったはずですが、あの頃はいい日々だったと記憶が美化されてしまうものです。 機会があれば、いつか大田原を訪れてみたいと思います。


4月17日(日)「非日常的世界」

今年の初め頃、私が在籍していた慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科の大先輩にあたる高橋正紘先生が、同科の同窓会誌に投稿されたメニエール病に関する随筆を読みました。 それによると、有酸素運動がメニエール病による聴力障害の回復に有効であるということでした(関連の内容は、高橋先生のクリニックのホームページ http://www.meniere.jp/index.htmlで見ることができます)。 メニエール病は疲れやストレスが誘因となりますが、同様の病態に急性低音障害型感音難聴があります。 当院にも多くの症例が来院していますが、私も大学病院勤務時にはストレスからこのタイプの難聴となり、いまだに多忙であったりすると耳閉感や耳鳴に悩まされています。 そこで、この随筆には強い関心があり、同大学の集まりで高橋先生とご一緒する機会があったので直接ご本人にお話を伺ってきました。 高橋先生のおっしゃる「有酸素運動」とは、週3回以上、1回1時間以上の有酸素運動という「非日常的な世界」を、日々の生活の中に取り入れるというものでした。 確かに、とくに開業後はあまり歩くこともせず、慢性的な運動不足でかなり体がなまっていました。 そこで、休んでいた昼休みに歩いたり、診療のない時間にウォーキングをするようにしました。 その結果まだ耳鳴は感じるのですが、腰痛、胃痛、疲れやすさといった他の身体症状が改善してきました。 日常に、ある程度の運動を取り入れることは重要だということがわかってきました。 今回は自分がウォーキングをしている「非日常的世界」をすこしご案内したいと思います。

福生の自宅の近くに玉川上水があり、そこからカニ坂公園(右)を通って多摩川沿いの遊歩道に出ます。 遊歩道ではシジュウカラやウグイスが迎えてくれます。 「こちゃ来い、こちゃ来い・・・」 というコジュケイの声も聞こえてきます。 「ケン、ケン」とかいわれますが、蛇口をひねるような「クィッ、クィッ」というふうに聞こえるキジの声が多摩川対岸の草むらから遠く聞こえてきます。 暖かくなった昨日16日には、清流にいるというカジカガエルの澄んだ鳴き声も聞こえてきました。



遊歩道を歩いていくと、多摩川の流れがすぐ左下に見えます。 写真の時はまだ春浅かったのですが、一足早く芽吹く柳の葉の黄緑色だけが映えて、枯れ木や枯れ草の中で輝いていました。 このあたりの川には、モニュメントのようにじっと動かず立ちつくすシラサギやアオサギの姿が見られます。 果たして、そんなにじっとしていてご馳走である魚がどれぐらい採れるのだろうとすこし気がかりになります。





カワウ(写真)の姿もたいてい見ることができます。
















羽村大橋をくぐると、多摩川から玉川上水へと水を分ける羽村堰が見てきます。 羽村堰のあたりは浅瀬となっていて、中洲の河原もあるため週末や休日などには多くの人が集まって、バーベキューをしたり、子どもたちは水遊びをしたりと憩いの場になっています。 写真右から中央に延びる堤の先端まで行ってみると、「ザーッ」という心地よい水の音だけが聞こえ、耳鳴などはすっかりかき消されてしまうのです。 ハムラセキシタバシという単純な名前の、人だけしか通ることのできない橋を渡って対岸へ行き、さらに川を遡っていくと羽村市の郷土資料館があります。 その先で土手が突き当たるので、ここでUターンをして戻ってきます。

今度は羽村堰から玉川上水沿いを通って、下流に向かって戻っていきます。 羽村堰付近は桜の名所となっていて、この時期には多くの花見客が集まるのですが、今年に限っては東日本大震災の影響で桜祭りは中止となってしまいました。 例年はこの道の両側には屋台がたくさん出て、大変賑やかなのです。








玉川上水沿いの道を歩いていくと、すれ違う人も少なく、少々寂しい雰囲気です。 この玉川上水の羽村市と福生市の境あたりには、いつもこうして鯉が集まっています。 冬場にはもう少し多くの鯉が集まっていましたが、このあたりの水はすこしぬくもりをもっているのではないでしょうか。 こうして高橋先生のおっしゃる、たっぷり1時間のウォーキングが終わります。 季節ごとに移り変わる景色、空気の違いなんかを感じつつ、自分の「非日常的世界」に浸っていきたいと思っています。



3月25日(金)「東日本大震災」

3月11日14時46分、当院では午後の受付を開始して患者さんが待合室に入り始めたころ地震が発生しました。 徐々に揺れが大きくなり、院内設備のきしむ音がひびき、身体がかなりゆすられました。 揺れはさらに大きくなって、立っていることもできないぐらいの揺れを感じました。 これほど大きな、しかも長い揺れを感じたことはこれまでありませんでした。 恐怖を感じつつ、とっさにNHKのテレビを映してみると、スタジオも揺れを感じているという声が聞こえ、速報では宮城北部で震度7と出ていました。 少し前に、宮城県沖で大きめの地震があったので、すぐにそれが余震であったと思い浮かびました。 やはり速報で、M7.9ということでしたが、直感的にそんな規模ではないと思いました。 ここ西多摩地域である福生は、普段から地震の揺れが少ないと感じていました。 それが宮城県沖で発生した地震で、これほど強く揺れるということは、並の地震ではないと直感したのです。 予想通り、地震の規模はM7.9からM9.0に修正されました。 ほぼスマトラ沖での大地震と同等だったわけです。 そしてこの日はモニターにテレビを映したまま外来を行っていましたが、現実とは思えないような凄まじい津波が押し寄せたのを目にしました。 日常生活にも、尋常でない影響が及ぶだろうと思いました。 ストップした首都圏のJRはこの日の運転再開を断念し、相当数の帰宅難民が発生して都心は混乱したのですが、うちの中学生の子供もその一人となりました。 ただ幸いなことにまだ下校前であったため、この日は一晩学校に泊まり、非常食を食べ、毛布にくるまって過ごすことができました。 翌日曜日には、すでにガソリンが手に入りにくい状況となっていました。 物流の悪化から、急激に食料品や日用品も品切れとなりはじめました。 この頃は、食料すら手に入れることができなくなるのではないという危機感を感じていました。 福島原発のトラブルで、放射線漏れが問題となりましたが、大きな影響を及ぼしたのは計画停電です。 当院もこれまでに計3回の停電に見舞われ、患者さんの数を制限したり、22日(火)は外来ができない状況となりました。 計画停電は、直前にならないと実施するかしないかがわからないため、振り回される状況が続きました。 当院でも診察室の明かりを消して外の光を入れたり、厚着をして暖房を止めたりと節電を実施しています。 そういった各自、各所の節電のおかげと、一部火力発電所の復旧などで計画停電は実施されないことが多くなりました。 今後は、各電気グループが細分化されて計画停電が行われるようですが、その対応についてはトップページをご参照願います。 依然福島原発の状況は一進一退であり、予断を許さない状況が続いています。 いろいろと不自由はありますが、被災地のことを思うと日常的には普通に食事をしたり、暖かいふとんで眠ることができたり、仕事も少しは影響を受けていますができているので、ありがたいと感じています。 我々の世代としては、戦後一番の惨事を経験することとなりました。 早く過去の出来事として、世の中が落ちついてくれることを願うばかりです。


2月25日(金)「春一番、花粉も大量に飛散開始しました」

とうとうやってきました。 今春一番が吹いていて、ウェザーニュース(http://weathernews.jp/)の情報によると、 青梅では最高気温が少なくとも23.1℃を記録し、花粉の飛散量は羽村市で200個以上、立川市では600個以上と、大量飛散を記録しています。 今年は思っていたよりも飛散の開始が遅めで、これまでは患者さんの症状も軽かったのですが、これで一気に発症したり、重症化する方が多くなると思います。 これから約1ヶ月間がスギ花粉飛散のピークとなります。 最近は眠気の少ない薬もありますし、点鼻ステロイドに関してはかなり効果が高く、全身への移行も微量なため副作用の心配もあまりいりません。 用法通り薬を用いて、マスクの使用などの対策をしていただければ楽にすませることができます。



1月26日(水)「寒さ安定の冬、インフルエンザ」

昨年11月に記したように、秋口から年末にかけては混雑して大変でしたが、年が明けてからの1月は比較的すいていて平穏な日々を過ごしています。 開業して3年半になろうとしていますが、これぐらいになると年間の患者数の動向がだいたいつかめるので、予想通りといえばそうなります。 今年の冬はずっと冬型の気圧配置が続き、寒い日々が続いていますが、むしろこのように寒くて安定した気候のため体調を崩す人が少ないのかも知れません。 さて、今週に入って急にインフルエンザの患者さんが多く来院するようになってきました。 市内の小学校にも学級閉鎖が出はじめ、いよいよ福生にもインフルエンザ流行の波が押し寄せてきました。 ところで、最初からインフルエンザだろうとわかっている方は内科や小児科に行かれることが多いと思います。 そのため、当院にいらっしゃる患者さんには、熱こそ高めながら普通の鼻かぜやのどかぜと思っていらっしゃる方が多いようです。 こちらから「インフルエンザじゃないんですか。」とお話をして簡易キットで検査をすると、やっぱり陽性でインフルエンザというパターンが多くあります。 結果を聞いて驚かれる方もいます。 とくに高齢の方は高熱の自覚がなかったり、高熱にならないこともありますので、この時期の風邪でいつもより体温が高いとお感じになったら検査を受けられたほうがいいと思われます。

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